結納品の飾りもののぎょうぎょうしさを見ると、結婚する二人の内容を故意に誇大化して、相手に示そうとするような、虚栄心を感じさせられるのは私だけであろうか。じつは六十年前の私のときは、目録、長慰斗、金包、末広、共白髪、子生婦、寿留女、など、七種類揃った結納品を、夫のところからよこし、こちらからも夫が国許をはなれて住むアパートの一室に届けたのである。仲人の夫の叔父が紋付袴姿で、車に乗っていったり来たりした。長慰斗は干しアワビ。末広は白扇、共白髪は白い麻糸。子生婦は昆布。寿留女はスルメ。いずれも紅白の水引で結ばれ、縁起のよい文字を並べ、別に親族書として、奉書に墨で、自分の家の主な親族を書きあげたものが添えられ、金包には現金の札が入っていた。それらは白木の台にのせられ、やがて床の間に飾られ、その周りには祝いの品々が積み重ねられたのだが、あれらの飾り物は、白木の台はどこへいったろう。ちっとも記憶にない。何度かの引越しで失われたような気がするが、私はそれがうやうやしく届けられたときから、心の中で一種の反発を感じた。こんな縁起ものなどが、実生活とどんな関係があるのかしらとそらぞらしかった。一番正直に思ったのは、こんな嵩張ったものを持ちこまれて面倒くさいなあという感じであった。